思い立ったが吉日!!

今日は素晴しきアイディアが天降(あまくだ)る・・・「今」を生きよ。「今」のほかに時はない。人類のためになることなら、いつはじめても遅いということはない。「今」があなたの生きる時である。本当に思い立ったが吉日なのである。この「今」の心になり切って、人類への愛をかき立てるとき、素晴しいアイディアが湧(わ)き出る。天の声としてである。(新選谷口雅春選集1『幸福をひらく鍵』より)

世の中には言うより早く行動を起こす人がいます。思ったら即行動!!その行動力には感服します。歴史上の人物で思い浮かぶのはやはり吉田松陰でしょうか!

「かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ大和魂」
(このようなことをすれば、こうなることはわかっていた。しかし、それでも私を行動に踏み切らせたのは、日本を想う心に他ならないのだ。)

 

1850年、西洋兵学を学ぶために九州に遊学。その後、江戸に出て佐久間象山に師事。吉田松陰は、友人と東北旅行を計画するが、出発日の約束を守るため、長州藩の通行手形の発行を待たず脱藩。1852年、江戸に帰着後、罪に問われて士籍剥奪・世禄没収の処分を受ける。

1853年、ペリーの浦賀来航を視察し、西洋の先進文明に心を打たれて外国留学を決意。長崎に寄港していたロシア軍艦に乗り込もうとするも失敗。1854年にペリーが再航した際には伊豆下田港に停泊中のポーハタン号へ赴き、密航を訴えるが拒否される。吉田松陰は、自首し、長州へ檻送され幽囚される・・・

この当時の人たちからしたら、こいつ何やってるの?頭おかしいんじゃね〜と云われるほど変わった行動ですが、本人はいたって真剣であったのです。全ては「かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ大和魂」から出た純粋な行動だったのです・・・

思い立ったが吉日。まさしくそれを自で行ったのが吉田松陰でした。行動しながら考えるそしてそれを支えているのは「日本の未来をなんとかしたい」という壮大な想いだったのです・・・

「身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂」の辞世の句を残し、30歳の若さで刑死をしますが高杉晋作、伊東博文、山県有朋など吉田松陰の想いを引き継いだ弟子たちが、その後の日本を欧米列強に負けない国へと導いていったのでした・・・

一人の燃える想いがその行動力が今を活かして、やがて世の中を動かしていく。吉田松陰のように生きることはできないかもしれませんが、その何十分の一くらいの生き方は見習いたい!そんなことを思った1日でしたありがとうございました!!

【 耐震等級について 】
あなたは『耐震等級』をご存知ですか?

耐震等級は、地震に対する構造躯体の倒壊、崩壊等のしにくさを表すものです。

等級は1から3まであり、最も低い『等級1』は数百年に一度発生する地震の地

震力に対して倒壊、崩壊せず、数十年に一度発生する地震の地震力に対して損傷

しない程度を示します。

等級2は、等級1で耐えられる地震力の1.25倍の地震に対抗できる性能、

等級3は、等級1で耐えられる地震力の1.5倍の地震に対抗できる性能を示し

ます。ちなみに、『数百年に一度』の震度は地域によって異なります。

関東大震災時の東京、阪神淡路大震災時の神戸ほどの揺れが目安とされていま

す。建築基準法では等級1の性能を求めていますが、同業他社との競合に勝ち抜

くには不十分。ということで、等級2~3を標準レベルとする業者も数多く存在

します。さて、ここで考えておきたいことがあります。

確かに、等級が高くなるほど建物自体が倒壊したり、損傷する可能性は低くなり

ます。しかしそれは、地震による揺れが、そのまま家の中に伝わるという事でも

あります。上階に行くほど、地震による影響は大きくなります。

ということは…。安全対策無しで設置した冷蔵庫や本棚、テレビなどの動きを想

像するとゾッとしますね。もし、自宅に子供しかいなかったら?もし、就寝中だ

ったら?地震に強い家づくりを目指すなら、家具の固定方法や収納スペースの配

置など、安心して暮らせる部屋づくりのことも検討したいですね。

この記事を書いた人

前田 浩之
演劇と音楽が好きで、現在ゴルフ修行中です。
日常の些細な出来事の中から、少しでも良いことを見つけて書き記すことができたらと思っております。

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